地球が消える。 跡形も無く消える。 本当なのか、嘘なのか。 テレビでやってる訳じゃなく。 人々が噂している訳でもない。 ただ、私の中に浮かぶのは、 世 界 が 終 わ る 、 6 日 前 。 Last week-2-
お母さんは最初信じてなかった。 私の冗談と思っていたのか、お父さんの冗談だと思っていたのか。 分からない、知らない。 そう、二回目の電話が来るまでは。 朝早く、火曜日。 私が朝食を食べていた頃。 テレビのアナウンサーの声を掻き消すほど、高く鳴り響く電子音。 向い側で食べていたお母さんは、その音に一瞬顔をしかめたが、 すぐに席を立ち、電話に向った。 「はい、朽木です。あら、正人さん。」 ――――――お父さん。 嫌な予感がして、箸を止め聞き耳を立てた。 「それは、それはどういうことです・・・?」 ああ、やっぱり。 地球が、終わるんだ。 「秕奈、よく聞いてちょうだい。」 電話を切って、しばらく経ってからようやくお母さんは口を開いた。 「六日後、8月20日午後10時5分。地球は突然現れるブラックホールにのまれ、 消滅します。」 そう言ったお母さんの顔は白く、今にも倒れそうだった。 それはお母さんも、お父さんはこんな冗談を言う人じゃない、と分かっていたから。 学校へ行く時間はもうとっくに過ぎていた。 一時間目が、始まろうとしていた。 行く気も、しなかった。 そしてお母さんは続けた。 「でも、大丈夫よ。私達3人は助かるわ。」 「・・・どういうこと?」 「今、ここで人類が滅びてしまうわけには行かない。 だから、私達を含む、数名が代表して、スペースセンターに逃げます。 そのとき、一つだけ、あなたの大切なものを持っていっていいわ。」 スペースセンターへ、逃げる。 それはきっと、優秀な宇宙飛行士の家族が集まったり、 地位の高い逃げる人しかいけない。 許された、生きる権利。 日本で現在の宇宙飛行士は、お父さんしか居ない。 だから、私達の家族が日本を、世界を、代表して生きる。 ただ、 ただ、私の脳裏に浮かぶのは、大切なものは。 室井多紀。 私の大切な人。 私の大好きな人。 私の、幼馴染の、顔だった。 その、夜の事だった。 また、電話が鳴る。 お母さんは夕食の後片付けをしている途中だったが、電子音が耳に届くと、 すぐに走っていった。 水が、流れるまま。 ザ――。 と流れた、水の音。 私はテレビを見ていたが、 それを止めるために席を立った。 「秕奈、秕奈、あなたに電話よ!」 その声に振り返り、お母さんと場所を変わる。 「水、もったいないわ。」 そういって、私は受話器を耳に当てる。 もうすぐ、地球も消えるのに。 水も、なくなるのに。 「もしもし、秕奈です。」 「あ、秕奈?」 聞こえたのは、今一番会いたい、多紀の声だった。 乾いた心が、壊れた心が、ゆっくり満ちてくる感じ、で。 「今日どうして休んだんだ?風邪でもひいたのか?」 あぁ、やっぱり私達しかあのこと、知らないんだな。 「秕奈?聞いてる?秕奈?」 「多紀・・・。」 涙が、出てきた。 声が、あなたの声が、あと6日後には もう、聞けないのです。 もう、満たされないのです。 「多紀・・・今から出れる?話が、あるの・・・。」 夜、もう遅くに呼び出した。 それでも、分かった。と言って来てくれる、あなたがとてつもなく大好きで。 待ち合わせは、近くの公園。 私の家の前の公園。 夏、といっても夜は少し寒い。 薄い上着を羽織って家を出て、公園に入る。 辺りは真っ暗で、外灯だけが、機械的な音を立てて 静かに立っていた。 ブラックホールに呑み込まれたら、地球はどうなってしまうのだろう。 外灯もなく、本当に暗く、真っ暗で、光なんて見えなくて。 いや、太陽の光も届かず、寒くて、死んでいくのだろうか。 いや、それ以前に。 ブラックホールに呑み込まれるときに、吸い寄せられ、その時に 死んでいくのだろうか。 ブランコに腰をかける。 ギィ、と揺らしながら考える。 錆びた、鉄の匂いも今なら気にならない。 普通は、私は生き残れるのだから、喜ぶはずなのかもしれない。 だけど、だけど、私は。 ブランコに乗ったまま、地面を蹴る。 ギィ、と音を立てて、大きく揺れた。 「秕奈、何やってるの?」 後ろから、声が聞こえた。 少し、息を上がらせているのは、走ってきれくれたのだろう。 「多紀。」 多紀の顔を見ると、また涙があふれてきた。そんな、6日前の夜。 次