風舞う地の 響き轟[とどろ]く時、告[つ]ぐ
花咲く夢 現[うつつ]想い出して、問う
02
取り合えず一度家に戻って、仕度をする。
夏休みの勉強会と介して、今日は帰って来なくてもいいようにした。
翼はアイスを買うのを後に回し、付いてきてきてくれて、
一緒に彼の家まで行くことになった。
じめじめした闇の中を歩いている間、翼は先ほどまで話していた会話はせず、
お互い他愛のない話をしていた。
何となくだが、恐らく「神隠し」が関わっているんじゃないかと思った。
あえて彼がその話をしないことにも意味があるのだろう。
「あ、俺の家知ってるっけ?」
「いや、知らない」
「あれなんだ」
翼の指を指した先には、大きな…家があった。
和風の、大きな門がずっしりを構えていて、その大きな門の傍に小さく通用門がある。
「でか…」
「伝統ある家系なんだよ、実は」
少し苦笑しながら翼は通用門を開ける。
ギィ、と木が擦れる音がして、門をくぐる。
「あれ」
「どした?」
「いや、何かさっきと…」
雰囲気が全然違う。
静か過ぎる住宅街とは一点、ねっとりと熱い空気ではなく、吸い込みやすい空気。
翼が通用門を閉めると、更にそれを感じる。
「わかるのかな、ここは確かに特別な場所なんだよ。こっち」
翼の後に続いて歩いていく。
暗くてよく見えないが、日本庭園が広がっていて、どこからか水が流れる音がする。
水の流れる音が、先ほどまでの恐怖感を浄化しているようだ。
砂利道を少し歩いていると、涼しい風が吹いてきてねっとりとした肌をなでてくれた。
思わず肌を触ってみると、汗ばんでいたはずの腕が、さらさらと滑るようだった。
その先に離れがあって、部屋の電気が煌々と輝いていて、中から声が聞こえる。
「ただいまー」
「おう!」
「遅かったな!」
どたどたと足音が響き、横開きの襖がスライドする。
そこには見知った顔、何人かがいて、翼の荷物を受け取った。
自分が付いてきたことに特に驚きもせず、部屋に招かれる。
冷房の効いた部屋に入るなり、翼は畳の上にごろりと寝転がり、伸びをした。
「やっぱり来たんだな、皇」
そう話しかけてきたのは永山で、自分の隣の座布団を指差した。
座布団に腰を下ろすと、その座布団はひんやりとして気持ちよかった。
席について周りをみると、全員知っている顔ばかりだ。
「皆、そろそろ始めようか」
翼がそういうと、騒いでいた奴らが机に向き直り、皇に合図を送る。
それを見た翼が、「あれ、皆知り合いだったか」と笑う。
確かに高校は違うが、中学のとき同じだった奴がいるから、翼はそれが分からなかったのだろう。
「皇、いいのか?」
「何が?」
近藤がそう言って眼鏡のずれを指で直す。
分厚い本を目の前に置いて、隣のノートには何かを書きなぐった後がある。
「…いやなんでもない。むしろ黙っていてすまん」
「いいよ。元から電話が来たんだ」
「新木から?」
不思議そうに近藤が尋ねる。
他の奴らも翼以外新木を知っているのでなんだなんだと聞き耳を立てる。
「彼女が神隠しにあった、って」
ざわり、とその場が揺れる。
やはり「神隠し」に関係のある話をしていたのだろう。
「やはりか」
「知ってたのか?」
「誰かが遭ったとは知っていた」
近藤はそう言うと、目の前に置かれた氷の溶けかけたジュースを口に運ぶ。
「皇は知らないんだよ、来たばかりだから」
「ああ、そっか」
翼はそう言うと、皇に語るように話掛ける。
「この辺りではね、夏になると女の人が絶対に一人、消えるんだ」
「絶対に?」
翼はそれに頷いて、更に続ける。
「でも、それはニュースにはならない。何故なら皆諦めているから。
この土地の宿命であり、誇りだと。夏の夜一人で歩く方が悪いんだってね」
「…帰って来た人は?」
「それがな、居るんだよ」
遠藤がそう言って身を乗り出して興奮気味に話し出す。
「どうやって帰って来たのかは分からないが、何年かに一度だけ、誰も消えないときがあるんだ」
「恐らくそれは攫われるんだろうけど、その後向こうから帰ってきているみたいなんだよ」
そう言って全員がため息をつく。
「この土地にだけ起こる神隠しの裏に何があるのか、探ってるんだ」
「実際本当に起こってる以上、自分も神隠しに遭う可能性もあるし…誘うの躊躇ってたんだ」
「ごめんな」と永山が両手を合わせる。
馬鹿馬鹿しい。
そう思いたかったが、実際人が消えているのであればそれは紛れもなく事件だ。
その伝統を利用して誰かが事件を起こしているのかもしれないし、
確かに危険性がある。
「この本に、神隠しのことが少し書いてあってさ」
近藤がそう言って目の前の分厚い本を指で叩く。
「神隠しというのは、向うの世界への生贄らしい」
カラン、と誰かのコップに入っていた氷が溶けて落ちる。
生贄、つまりは。
「……元の彼女は、もう」
「恐らく、間に合わないだろうな」
誰かがそう、呟いた。
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