夏になると、夜が笑う。
選ばれた人間は夜に捕まり、連れ去られる。

あなたの周りには居ないだろうか。
急に連絡が取れなくなった友人は。





01





「あれ?」

夏の夜。
じめじめとした暑い夜は、何もせずとも体力を徐々に奪っていく。
気持ち悪い汗の感じを、シャワーでさっぱりと洗い流した後だった。
ベットの上に放り込んでいた携帯が着信があったことを知らせている。

手慣れた手つきでそれを開くと、着信元は中学校の同級生。自分とは違う高校に進学したが、たまに連絡を取り合い、遊んだりもする。
メールではなく、着信ということは急用だろうか。

灰色の扇風機のダイヤルを回し、その前に座る。
羽根は勢いよく回りだし、生暖かい風を送りだした。

新木元(あらきはじめ)という名前にカーソルを合わし、通話ボタンを押す。

機械音が鳴り出したかと思うと、直ぐに慌てた様子の相手がでた。

「皇、近藤と連絡つくか!?」
「なんだよいきなり」


半ば叫びながらのその声は、扇風機の目の前だというのによく耳に通った。
近藤というのは、同じく中学校の同級生で、自分とは同じ高校だ。だから勿論、連絡をとることは可能だが、一体何の用なのかわからないとどうしようもない。今は夏休みのまっさだなかで、学校で言うわけにもいかないし、面倒なやり取りはしたくない。
「ほら、近藤って色んな本読んでただろ?神隠しのことについて、何か知らないかと思って」
「かみかくしぃ?」
「彼女が、消えたんだ」

普通、神隠しという言葉を聞くと、皆は何と思うだろうか。馬鹿馬鹿しいと思うのが大半だと思う。実際自分もそう思って、冗談半分に聞いていた。

「わかった。今岡は今、携帯壊れててさ。明日家電でかけてみるよ」
「すまん、たのむ。俺の携帯、教えていいからな」

元は早口でそういうと、すぐに携帯を切った。彼女が神隠しにあうとか、初めて聞いた。つまり家出でもしたんだろうな。携帯をもう一度ベットの上に放りなげて、立ち上がる。
短時間だが、扇風機の前で話していたから喉が渇いたのだ。
二階にある自室からでてリビングに行くと、父がテレビを見ながら晩御飯を食べていた。口元が笑っているということは、恐らくバラエティ番組なのだろう。

その父の前には、空になった麦茶が入っていたはずのビン。嫌な予感がする。

「え、父さんまさか全部飲んだ?」
「あー、飲んだ」
「…母さん、麦茶ある?」
「今作るとこなのよね…」
台所に立っていた母がしょうがない…という感じで答えた。
しかし、熱いものは飲みたくないし。

「…コンビニ行ってくる」
「ごめんな。あ、神隠しにはきをつけろよ」
父さんはりんごジュースな!とちゃっかり注文しながら箸をすすめる。
それよりも、だ。

「神隠し…何かあるの?」
「ん?何かこの辺では夏の夜に神隠しが起こるって、同僚が言ってた。母さんなら知ってるんじゃないか?」
「この辺に伝わる言い伝えよ。夏の夜に女の子が一人歩いていると神隠しに逢うって。皇は男だからねぇ」
「ふーん」
「でも、気をつけなさいよ。藍に選ばれる可能性はあるからね」
ふふ、と意味深な笑みを浮かべてそういうが、信じてはいないようだ。

自分たちは、中学3年の時に転校してきたから、ここに来てまだ一年と少しだ。母親だけ生まれがここで、母方の親は割と近くに住んでいる。

「ま、行ってくる」
「私はシュークリームね!」
「はいはい」

台所から聞こえる声に適当に返事して、サンダルを履く。
玄関のドアを開けると、ぬるりとした風が肌に纏わり付いてくる。

コンビニまでは五分程度だが、その五分が長そうだ。

静まり帰った住宅街。
時刻はまだ深夜ではないのに、家の明かりは点いていても声は聞こえない。
たまに立っているやけに白い電灯が、ジジジ、と音を立てているだけ。

気味が悪いと思ったのもつかの間、すぐにコンビニの明るい光が見えてきて、足を早める。
コンビニの中には何人か人がいて、涼んでいるようだった。
その光景に何となく安堵して、進む。


「あれ、翼?」
「お、皇じゃん!お前もアイス?」
「似たようなもん」
だよな、と愛くるしい笑顔を見せるのは今岡翼(いまおかよく)で、高校で知り合ったいい奴だ。

翼はアイスをいくつか持っていて、更にペットボトルのジュースを何本か提げていた。

「…持とうか?」
「ばっ、俺だって男だぞ!」
翼は、なんというか可愛いのだ。身長も男子にしては小さめで、顔も可愛い。自分たちは今、男子校なのだが、女に飢えた男子からの目線が可哀相だ。


「でもそんなにたくさん…誰か来てるのか?」
「ん。近藤とかね」
「え」

少し言いにくそうにそう言った翼は、アイスが溶けちゃう!と慌てたようにコンビニのアイスボックスに一旦戻した。

「あと、永山とか、知ってる奴はそれぐらいかな?んー、…あ、遠藤もか」
挙げられた名前はいつも一緒につるんでいる奴ばかりで、自分だけ除けられているのかと思ったが、もしそうならそいつらが自分の家に来ていることは言わないはずだし、厭味で言っているということはまず彼の性格からしてないだろう。

「何かあるのか?」
「除け者にされたと勘違いしない所がすごいよな…。ちょっとね」
「俺は聞かないほうがいい?」
「いや、ここに住んでる以上聞く権利はある。ただ…聞かないほうが幸せだし、命を落とすこともない」
「……危ないことなのか?」
「ここではちょっと。でも聞いたら普通の人には戻れなくなるよ。いいの?」

翼の言葉に、嘘はないと感じた。

知らないうちにこれは必然なんじゃないか、と思い、首を縦に振った。


長いじめじめとした夏の始まりだった。
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